第1回個展
-1984年 星の人形展-

塚本しほコメント(2020/9/22)

人形なんか作ったこともなかったのに、人形を作る、それが自分の一番したいことだと突然思ってしまいました。
働きながら人形が作れたら良かったのでしょうが、うまくいかなくて、東京青山のNHK文化センターを辞めて名古屋の人形メーカーに転職、そこも1か月で辞めて、多治見の陶磁器工場に居候させてもらいました。
ぬいぐるみ、こけし、ファッションドール、市松人形、木目込み人形、、、、人形の種類はたくさんありますが、自分が作りたい人形の素材、イメージ、マチエール、、、決まるのは、とても早かったです。

NHK文化センターを辞める時、職場の人たちも、同僚も、担当していた文学や教養講座の先生方、絵画教室の先生も受講生の方々も気にかけてくださって、個展をする時は教えてと言って送り出してくれました。

人形を作ろうと突然思った26歳の1月8日、第一作が完成したのが翌年の1月8日、それから多治見も居られなくなり、実家に戻り、小さな電気窯を買ってもらって、約3年めで銀座で個展を開催することができました。

結婚して、子供を二人授かって、パートをいくつかして、両親を見送りました。若い時は、何かにならなくてはと焦っていました。人形作家とか、詩人とか、〇〇講師とか。
何にもなれなかったけど、コロナ禍で家にいて、やりたいこといっぱいあって、しあわせなのかも、と思います。人形を作るための道具や材料は揃っているし、ネットでも買えます。

指先が器用でありたくて弾いているピアノはますます楽しいし、体力つけなくては創作に集中できないと続けてきた水泳も生活の一部だし、今のところ視力もなんとかなっているので、やっぱりもうちょっと、人形作っていたいです。

第一回の個展に、同僚たちから贈られた「幸福の木」しばらくして天井まで伸びて甘い香りの花が咲きました。それから何回が剪定して、今年は挿木もしました。それもみんな立派な葉が伸びています。
資金も必要だし、自分の好きなものが他人にとって大切なものだと感じてもらえるのはすごく稀なことだし、今は個展をやる意味があると思えないけど、7回目があったら、会場に「幸福の木」持ち込もうかな。

当日の様子

写真1 写真2 写真3 写真4 写真5

TOPへ